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2019 12,02 20:51 |
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実は今年の正月だったか盆だったかに、自分と家内が実家に挨拶に行った際、母がもう自分たち(親夫婦)も歳だしとのことで、死んだあとのことを切り出した。
母は遺骨を普段から通っているカトリック教会の納骨堂に収めて欲しい、10年後には合葬になるがそれでいいとのことだった。 (母は中学・高校とカトリック系の女子校出身) 教会の納骨堂は使用料3万円で、葬式も信者が世話してくれるから、金も掛からない。 とにかく残されたものに無駄な負担を掛けたくない、とのことだった。 父はどうでもいいとの考えのようだったが、では自分も母に合わせて同様にやって欲しいという結論だった。 (金額などについては、母がその話を聞いた時点から後の変更、あるいは母の思い違いなどもあったのか、全然違ってはいた) さらに、親夫婦で残された方は、我々(息子夫婦)に負担を掛けないよう、元気なうちに今住んでいる実家を引き払い、老人ホームに入所する。 そして、その入所代は実家を売り払ったお金の中から賄うことでいいかと確認された。 もとより自分も同意した。 今年の8月から9月にかけて、母の便通が止まり入院することになった。 自分は諸々の経緯から、大腸癌だろうと考えた。 癌の治療を受けることになる母も、それを支える父も、長く苦しい思いをすることになるだろうと思っていた。 「親孝行、したいときには親はなし」という言葉が頭をよぎった。 しかし、蓋を開けてみると、ただの麻痺性イレウスだった。 そのタイミングで家内が「お母様、温泉に行きたがっているよ」と言ってきた。 不幸中の幸いで大病ではなかったのだから、自分も今が親孝行のタイミングなのかもなと思った。 母は盲目なので、客室に温泉風呂が付いている部屋が望ましい。 また客室内の風呂だけではなく大浴場に行くなら、家内が付き添う必要がある。 (父や私が母に付き添ってもこっちとしてはいいのだが、それでは他の女性宿泊客に大迷惑で通報物) さらに母はバイキング料理などは好まないので、少なくとも夕食は和食のお膳でなければならない。 温泉に行って翌日帰って、では疲れに行くようなものなので、なんとか2泊3日としたい。 これらの条件をすべて満たせば、大人4名2室2泊となり、当然金は掛かる。 しかし、運のいいことに洞爺湖温泉で最近リニューアルされたホテルで2部屋予約ができた。 11月2日~4日で温泉に行ってくることができた。 2日目には、母のリクエストで洞爺湖から近い留寿都村に行き“みそまんじゅう”を買ってくることができた。 また普段ピザなど絶対口にしない父が世話をしている関係で、母もピザを食べることができていなかったが、これまた母のリクエストで洞爺湖畔の美味いピザ屋でピザを食べてもらった。 宿自体は、直前に私と家内で泊まったことがあったので勝手がわかっていて、朝食の際の移動などでも事前に頭の中でシミュレーションが出来、全く困らなかった。 帰りには美味しい卵を売っている店に寄り、卵を買ってきた。 これも大いに喜んでいたそうだ。 旅行から帰ってしばらくして、「これでは到底足りないとは思うが、礼の気持ちだから受け取れ」とのことで、母が私に封筒を渡した。 中には10万入っていた。 亡くなる前日には、父と母が私の職場に来て、インフルエンザの予防接種を受けた。 注射嫌いの父が四の五の言い出しそうな気配を察し、母は「こんなの痛いうちには入らない」とまずは毅然として言い放ち、何か言いたそうだった父は文句を言うのを見事に封殺された。 当日の朝、自分が出勤してくるときに、一度もやったことがないハンズフリー着信のやり方を知っておこうと携帯とカーナビを連動させてみた。 なぜ自分がそんなことをしようと思ったのか、今でもわからない。 普段は運転中に携帯が鳴っても、出なけりゃいいだけだと思っている。 職場に着いて着替え、仕事前に外で一服していると父から電話が入り、母が朝食中に倒れこれから北大病院に救急搬送される旨の連絡を受けた。 少し躊躇したが、母には元々心臓弁膜症があったので、心筋梗塞等循環器系の急病だろうと思い、仕事を休みにして帰宅することを決め自宅に向かった。 自宅に戻る途中の車内で、父から母が亡くなった連絡をハンズフリー着信で受け取った。 (正確には北大病院で死亡確認) パートが休みだったため自宅で待っていた家内と、タクシーに乗り北大病院へ向かった。 (平日の午前は北大病院の一般駐車場は満車になることもあるのでタクシー) 北大病院は無秩序な増築を繰り返した結果、内部は迷路で、初めて行く者が迷わず目的地に辿り着くことは至難の業だ。 大学医局を離れて20年以上も経っているとは言え、自分は大まかな場所はわかっていたので、大して迷わなかった。 (多少まごついた) 通夜・告別式等は、母の言葉には反するが葬儀社の世話になった。 でも、これはこれで良かったと思っている。 完全に無料奉仕の教会信者の善意によって成り立つ葬儀を否定するつもりはないが、今回葬儀社に仕切ってもらって、やはりプロフェッショナルは違うと随所に感じた。 火葬場から帰ってきて、本来は後日振込での支払いで良かったのだが、父がすぐ精算すると言い出した。 頂戴した供花料の他、手持ちのお金を足して、その場で現金で支払った。 その際、父と私の財布の中身では多少足りなかったのだが、自分の懐には温泉旅行の礼として母から渡された封筒が入っていたので、これを丸々遣って精算できた。 なぜ葬儀ミサ・告別式の日、自分がこの封筒を持って行こうと思ったのか、これまた理由はわからない。 ということで。 私が皆さまにお伝えしたいことは、お互いに自分が死んだらどうして欲しいか、近親者に日頃から伝えておかないと、残された者が困るということ。 また、親孝行は出来るときにやっておかないと、一生後悔するということ。 この二点に尽きる。 自分は母が亡くなるわずか3週間前に、たった一度だったが最後の親孝行をすることができた。 そのときにはこんなことになるとは思っていなかったが、まさに滑り込みで間に合った。 これは我々四名にとって幸せなことだった。 この機会を逃せば、残された方は一生後悔したことだろう。 PR |
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